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3Dテレビ戦略に潜むワナ(日経BP)

posted at 01:32:33 on 2010-06-15 kaz | Category: オンモード

日経BP 日経Tech-On! 技術経営戦略考に私の論文記事「3Dテレビ戦略に潜むワナ」が掲載されました。



nikkei BPnet

以下に再掲します。


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 最近になって3Dテレビが複数の電機メーカーから相次いで発売されています。私は電機メーカー勤務時代,まだフラット・パネル・ディスプレイ自体が実用化される前から,様々な方式の3Dディスプレイに関わってきました。しかし当時は事業化にはかなり距離があると感じていました。例えば95年に三洋電機が「2D/3D自動ソフト変換技術」を内蔵した3Dテレビを発売していたり,最近では2008年に韓国Samsung Electronics社が3Dプラズマテレビを発売したりしていますが,このときは大きな潮流にはなりませんでした。

 それがなぜ急に3Dテレビが注目され,新製品ラッシュとでもいう状態になったのでしょうか。そして3Dテレビが再び取り上げられるようになり注目を集め始めた今,なぜ各社が社運をかけるまでの戦略を取ることになっているのでしょうか。そして相次いで発売される3Dテレビを消費者は本当に望んでおり,購買意欲に繋がる製品になり得るのでしょうか。

 私には現在発売されている3Dテレビが,消費者の思いとは別の企業主導による典型的なプロダクトアウト型の商品ではないのかという疑念が拭い去れません。今回は3Dテレビ販売の戦略とそこに潜むリスクについて考えたいと思います。


本当に消費者は望んでいるのか

 消費者が本当に3Dテレビを望んでいるのかという点について,最近いろいろな方に会った際に「3Dテレビはどう思いますか。買いたいと思いますか」という質問を投げかけてみました。母数は少ないので厳密な結果とは言えませんが,多くの方が買わないと答えたのです。その理由は「3Dは映画館で見るから家では必要ない」「最近薄型テレビを買ったので買い替えは考えていない」というものが大半でした。最近薄型テレビを買った人は,エコポイント利用で買った人が多く,この点では3Dテレビは少々タイミングを外した感が拭えません。

 中にはごく少数ですが,50インチ以上の大型の3Dテレビを是非買いたいという人もいました。理由を聞くと,既にホームシアター用の部屋を持っており,そこに最新の3D機器を入れたいといったように,購入に前向きの人はこだわりのある方々なのです。

 いろいろと話を聞くうちに,一般消費者は3Dテレビが新しい技術であると認識している人が多く,ディスプレイとしては既存の技術であるということを知っている人は少ない,という傾向も見えてきました。このことはテレビメーカー側に有利に働くでしょう。一方で,海外メーカーとの競争が少ない日本国内に限ってのことであり,価格下落を抑止する方向には働きはするものの,この状態を将来に渡り維持できる理由にはなり得ないと思います。

 この従来からある3D技術を使ったディスプレイが,なぜ最近急に注目されたかを考えてみると,技術の進歩によるものだけではなく,テレビメーカーやコンテンツの作り手,すなわちハリウッドの映画会社の都合が見えてきます。

 ハリウッドとしては,映画の興行成績を成長させる戦略として3Dに着目したのは当然でしょう。新しい刺激を求めている人にそれを提供するというのは,ビジネスとしてニーズの掘り起こしと採算ベースに乗る形でのその提供ということを映画会社も当然常に求めているからです。技術の進歩により,3D映像の撮影と編集は格段に容易になっています。映画館のデジタル化も進み,今,顧客に新しい付加価値を提供する条件が揃ったということでしょう。

 更に裏に潜むもうひとつの理由がハリウッドにはあります。それは盗撮による海賊版を減らしたいという思惑です。海外で流布している海賊版映画のソースの多くは,小型になった家庭用ビデオ機器による盗撮です。ところが3D映像を家庭用ビデオ機器で撮影しても,3Dの映像どころか2D映像もきちんと撮影できません。もちろん2Dを上映している映画館も並行して存在していますので,完全な盗撮防止にはなりませんが,方向性としてハリウッドの盗撮防止に役立つものと言えるでしょう。

 そして映画会社が3Dコンテンツを提供し始めた今,テレビを作っているメーカーにとっても,3Dテレビは新しい付加価値を簡単に提供できる救世主のように映っているのかもしれません。


価格は消費者にとって許容範囲なのか

 国内市場における30型程度の普及型の3Dテレビと通常の2Dテレビの価格差は,ざっと10万円程度になっています。大型になると価格差はもっと広がっています。3Dテレビのこの価格は妥当なものなのでしょうか。

 6月9日の日本経済新聞には,3Dテレビの売れ行きについてこう報道しています。『全国の家電量販店などの販売情報を調査するBCNが9日発表した集計結果によると,5月31日~6月6日の一週間で薄型テレビ全体に占める3次元(3D)対応テレビの販売額の割合は3%だった。3日に新たにソニーが3Dテレビを発売したことなどから,構成比は前の週から3倍に増加。量販店の間では「立ち上がりとしてはまずまずの売れ行き」との声が多い。販売台数ベースでも,先週の構成比は0.9%で,前の週から0.7ポイント増えた。』

 これをまずまずの立ち上がりと言えるのかどうかは,これからの推移を見ていかないとはっきりしたことは言えませんが,私にはテレビに占める3Dテレビの割合と価格の推移が気になりところです。

 メーカーの思惑通り,ある程度の割合を3Dテレビが占め,更にその価格を3Dという付加価値で2Dテレビに比べて比較的高く維持できるのでしょうか。既にアメリカでは,日本製品に対して韓国メーカーや米VIZIO,Inc.などが大幅に安い価格,しかも2Dテレビとそれほどは変わらない価格帯の3Dテレビを販売しており,既に価格競争が始まっています。

 韓国メーカーをはじめとする日本メーカー以外は,3Dは単なるテレビの一機能であると割り切っているように見えます。実際ある韓国企業の人物が,「倍速,4倍速で既に駆動している2Dテレビでは,めがねを駆動する回路を付加する程度で3Dは実現できるのに,3Dだからといってなぜ2Dに比べてこのような価格差を日本企業がつけるのか? これはワールドワイドを睨んだ戦略として明らかに間違っているのではないか」と発言しているのを聞いたことがあります。

 日本国内では,韓国メーカーのシェアが低く,日本メーカー間での販売競争が主に繰り広げられています。このような環境では価格は高めに設定でき,当分はこれを維持できるかもしれません。しかし世界市場に目を向けると,日本企業の打ち出している3Dテレビの価格を韓国企業との競争の中で維持できるとは思えません。日本企業は,国内ではできるかぎり長く3Dテレビの付加価値をキープして収益に繋げようという戦略なのでしょうが,それは一時しのぎに過ぎないと思うのです。

 3D機能を前面に出したテレビを販売すれば消費者がそれを欲しがるだろうという前提に沿って立てられた戦略により価格維持が困難だと私が思うのは,先に述べたとおり3Dテレビがハリウッドやテレビメーカーの思惑から出てきたプロダクトアウト型の製品だからです。そしてその思惑通りに3Dテレビが消費者のニーズ,ウォンツを喚起するに充分な製品としてのパワーを持つとは私には思えないからです。ここで私のいう製品のパワーとは,製品戦略,マーケティングにおいて,ニーズに合った商品をきちんと求めている人に届けていることで得られるものです。

 必要とされていない機能をどんどん付加して,それをよいものは売れるという発想から抜けきれずに消費者に押し付けると製品のパワーはどんどんなくなっていく。必要とされているかどうかは,製品の供給先地域の買い手の要望をきちんと把握しているかどうかにかかっています。これは純粋にマーケティングや戦略の問題です。

 日本メーカーの希望する価格は,消費者目線ではなく典型的な製造者発想の価格設定になっていると言わざるを得ません。十分なパワーを持つならば,製品の大半が3Dテレビに置き換わっていくでしょう。

 製品の持つパワーを機能の充実度だけで高めようとしても,それは買い手の実情にそぐわないかもしれません。買い手と売り手の思いがどんどん乖離していった場合,製品はパワーを失っていくでしょう。例えば,発展途上国の消費者に,大型の高精細カラーディスプレイと高画素のカメラやインターネットアクセスの機能を付けた携帯を供給しても,現地の消費者の要望は電話とショートメール,そして携帯電話でAMラジオを聞きたいというものだったら,日本製の高機能携帯電話は現地のニーズに合わず製品パワーは低いものになってしまいます。

 消費者は事態の推移を冷静に見ています。3Dテレビはゲーマーや一部のプレミア製品を好む消費者には受け入れられるでしょうが,一般家庭に広く受け入れられるだけの製品としてのパワーを持つとは,私には今のところ思えまないのです。そのうえ,販売戦略的に現地の顧客のニーズにかなった製品を,コンペティターとの競争の中でも売れる価格帯できちんと供給できているかという点でも疑問が残るのです。

 更に,3Dテレビにはもうひとつリスクが含まれています。


3Dテレビが身体に与える影響

 それは3Dテレビが身体,主に脳と視覚に与える影響がはっきりとは解明されていないからです。3Dコンソーシアムから「人に優しい3D普及のための 3DC安全ガイドライン」の改訂版が2010年4月20日に出されています(PDFの資料)これはガイドラインなので,明確にこうすれば人に悪影響を及ぼさない基準というものは書かれていません。極端な言い方をすれば,現在の両眼視差の原理を用いた3Dディスプレイの安全性はグレーであると言えます。

 各地の博物館や遊戯施設でときどき見かける3Dディスプレイを用いた展示では,3Dの効果を最大に演出するために,画像を大きく飛び出させる映像が多く使われています。こういったケースは現地で一時的に体験する一過性のものであり,そのうえ身体に悪影響を与えるほど長い上映時間ではありません。

 長時間映像を見ることになる映画でも,例えば話題になった「アバター」や「アリス・イン・ワンダーランド」では眼に疲労を与えやすい飛び出す映像ではなく,奥行き感を演出するような3D映像を主にしており,一応工夫がなされています。また,長時間といっても映画を立て続けに何本も見ることは稀でしょう。

 ところが,家庭用の3Dテレビではどのような使われ方をするかは分かりません。つまりどのような危険性があるかは,現時点ではまだはっきりしていないと言えるのです。

 さらに困ったことには,人工のかなりの割合(ここでは4~10%と紹介)の人が3Dテレビの映像を3Dとして認識できないという問題も存在しているのです。すなわち,せっかく買った3Dテレビが楽しめないという人がかなりの割合で存在するということです。テレビメーカーやソフト制作会社は,そういった人々のクレームに対してどのような対応を取るのでしょうか。

 これらの問題を抱えながら,メーカーやソフト制作会社の作り手の思惑により,3Dテレビは見切り発車してしまった感が私には拭えないのです。また繰り返しになりますが,付加価値を価格的にうまく上乗せしてそれをキープできるのかということも,戦略的には大きな問題です。特に世界市場で考えた場合,日本メーカーの希望する価格維持はほとんど難しいと言わざるを得ないでしょう。

 もちろん各社は目標値を定め,販売の努力をしているでしょう。ただ私の経験上,3Dテレビは広く家庭に入り込むための人々のウォンツを生み出す商品には思えないのです。単なるテレビの一機能として存在はするでしょうが,当面価格の維持が可能なのは日本国内市場のみであり,世界市場ではその価値はテレビの一機能として,それなりの価格にしか反映されないというのが現実ではないでしょうか。

 以上は純粋に製品のマーケティング戦略の視点で論じてきましたが,もう少し踏み込んで違った切り口で考えてみたいと思います。


新しい文化を創り出せるか

 これからの新製品開発においては,一部のユーザーだけでなく,グローバルな市場で多くのユーザーに対して,新しい流れを作り出せるかということが重要になってきていると私は考えています。

 過去の電機製品においても,生活密着型の白物家電以外では,ラジカセや「ウォークマン」を代表とするヘッドホンカセットなどがこれを達成してきました。これらの製品は,多くのユーザーに新しい文化的な潮流を生み出すきっかけを提供したという共通点が存在しています。音楽を聴くというライフスタイルの変化を促すに足る製品パワーを持つ商品だったといえるでしょう。

 例えば,「iPhone対Android」で話題になっている携帯電話機にしても,垂直統合か水平分業かという単純なカテゴライズによる比較ではなく,ユーザー目線に立って何を提供し,そのことがどのような新しい文化を生み出しているのかという視点に立脚して検証していく必要があると考えています。そのために製品やサービスが,何をユーザーに提供してユーザーがそれを発展させてどのようにライフスタイルに工夫して取り入れているかという,消費者視点が重要だと思うのです。ユーザーにとっては、心地よい使い勝手をどのように提供してくれるのかということが唯一重要になるからです。

 これを突き詰めていけば、最近ヒットした新製品には文化の醸成という側面が存在していることが分かると思います。製品と文化的なニーズがうまく噛み合って初めて新しい製品の潮流が生まれるのです。これがないと最初から価格競争という泥沼に容易に巻き込まれてしまいます。

 例えばシャワートイレや最近の家庭用美容機器,iPod,iPhone,iPadなどの一連の米Apple Inc.の製品,米Google Inc.のサービスなど,製品と文化的なニーズがうまく噛み合った例と言えるでしょう。

 シャワートイレを一度使えば,それがないと物足りなく感じてしまいます。シャワートイレにおいて製品を普及させることは,新しい文化を普及させることに他なりません。海外にシャワートイレを輸出することは,日本文化も併せて輸出することになるのです。

 家庭用の美容機器も最近になって新製品が続々と生まれていますが,以前は美容院やエステサロンに出向いて利用していました。それが経済環境や生活習慣の変化により家庭内で使用される頻度が増えています。これらは社会環境の変化とうまく噛み合って相乗的に変化しています。

 Appleの製品群も同様です。今までになかったサービスや利用スタイルをアップルが提案し,それが持つ圧倒的な使い心地の気持ちよさが消費者に受け入れられ,ファン化したユーザーがその文化の作り手になっているよい例だと思います。Googleにしても,それ以前の生活に戻れないほど文化的に社会に定着しています。

 潜在化したニーズと製品がうまく噛み合い,その製品に文化を醸成していくパワーがあれば。今までに見たことのない新製品が文化を創っていく。そういう社会に我々は今暮らしています。

 このような視点から新製品や新ビジネス開発に携わっている私には,残念ながら,今の3Dテレビにはそのパワーが十分でないと思えて仕方がありません。前回のコラムにも書きましたが,目の前に存在して認識できている問題を,直線的,換言すれば左脳的・解析的に既知の方法で解いていっても,文化を醸成できる新しい製品は生まれません。

 どのような問題が潜在的に存在しているかを直感的,右脳的に認識し,その問題を解決してくれる製品を生み出し,幅広い人々がそれを受け入れるという新製品開発のアプローチが今求められていると思います。言葉を換えて言えば,工学的なアプローチではなく,比較文化論的・社会学的アプローチがこれからの新製品開発には必要となると考えています。

 日本から再び,新しい文化を創造する製品が生まれることを願ってやみません。
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アイキット ソリューションズ
生島 大嗣 (いくしま かずし)

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