「困った」は新事業開発の母である(日経BP)
posted at 10:53:46 on 2007-08-02 kaz | Category: オンモード
久々に私の論文記事 "「困った」は新事業開発の母である" が日経BPトップページで注目記事として掲載されています。(8月1日現在、そのうち消えます)
記事本体は、日経Tech-On! に掲載されています。
また、日経BP 技術経営メールでも配信される予定です。
今回の記事は、新事業開発の一形態について述べています。
プロダクトアウト型ではなく、どちらかというとマーケットイン型に近いモデル。
持論のビジネスモデルの3層構造論、論文の組み立て方、事例に取り上げたビジネスモデルについて編集担当と一ヶ月に及ぶ議論を繰り返してやっと完成したものです。
こんなに手間のかかった記事は初めてです。
それだけに思い入れもあります。
議論の過程で、編集担当者と意見の違いが少しありました。
みなさんの意見を頂ければと思っています。
<1.深層の定義>
生島の考え方では、技術力、特許、各種ノウハウ、、ヒューマンリソース、ブランド、ソフト的な伝統や文化への造詣、理念等 が深層に存在すると考えています。
(本文では理念等を削除しています)
<2.コンセプト>
本文では深層にコンセプトを入れています。
基礎的なところは深層に入ると思いますが、
アイデア発想 → コンセプトメーキング → 戦略構築
という流れの仕組みそのものは中継層に入ると考えています。
ご意見がありましたら、このブログのコメント欄に書き込んで下さい。
以下、記事を再掲します。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「困った」は新事業開発の母である
うまく回るビジネスは、「深層にビジネスを底支えする要素、表層にはお金が回る時代に合ったビジネスモデルがあり、かつそれら2層を繋ぐための中継層としての戦略や仕組みが備わっている」。これを3層構造と呼び、この構造を備えていることが「よい企業」「よい事業」の条件でがあるというのが、私の持論である。
3層のそれぞれの構成要素はビジネスの内容によって様々だが、深層には基盤技術や基本コンセプトなどがあり、表層にはビジネスモデル、中継層には表層と深層を繋ぐための戦略と仕組み(人事・評価システム、採用・教育制度、情報収集・分析機能などを含む)がある。中継層は、表層のビジネスモデルを時代に合わせて修正したり新に生み出したりする役割も担っている。多くの場合これらの連携がうまく回って表層のビジネスモデルを支えているのである。
深層部分についていえば、技術を立脚点とする企業はコアコンピタンスとしての独自技術をこの層に持つ場合が多いだろう。ただし、いくら技術が優れていてもビジネス自体がうまく回るとは限らない。そして、深層には必ずしも独自技術がある必要はないのである。例えば、革新的なコンセプトが深層にあり、これが中継層を介して時代にマッチした具体的なビジネスモデルとして具体化されることで、事業が成功する例は多くある。iPodなどは典型例だと思う。
これを3層構造の要素に分解すれば、深層にはネットを使った音楽配信というコンセプトがあり、表層には iTunesとiPodを連携させることでコンテンツ配信を実現するというビジネスモデルがある。中継層では、iTunes やiPodの普及率やネット環境の変化などに応じて料金や使用する技術を精査しながらビジネスモデルを変化させていく仕組みが機能している。このように、表層のビジネスモデルは、中継層によって時代に合わせたビジネスモデルに常に修正される必要がある。野村進氏の著作『千年働いてきました』には、深層部を持ち、これを基に表層部分を時代に合わせたビジネスモデルに常に修正し維持してきた日本の老舗企業が多く紹介されている。ぜひ一読をお勧めしたい。
この3層構造を引き合いに出すことで言いたいのは、「よいものは売れる」という考え方だけではビジネスは成り立たない、ということだ。ビジネスのコアコンピタンスの一つになり得る深層部分の「技術」は、競争力を保つための一手段ではあるが、技術そのものがよければ必ず製品が売れる訳ではない。顧客は技術を買うのではなく、技術によって実現される機能やサービスなどに価値を感じて始めて購入を検討するのだから。それをしばしば見落としてしまう。「技術には自信がある」というプロダクトアウト型の企業が、よく陥ってしまう罠である。
だからこそ、新たなビジネスを開発する際は、自社の深層部分と表層であるビジネスモデルを巧みに擂り合わせていく作業が重要になる。コアコンピタンスを顧客が必要とするかたちにまとめていくのである。例えば、まず競争力のある技術や強固なコンセプトを基に製品やサービスを具体化したとすれば、それを前提に利益や競争力が確保できるビジネスモデルを立案する。それだけで満足してはいけない。事業プランを構築したら、それを顧客の目線で再度検証する。こうしたプロセスが必要になるだろう。
今回取り上げる二つの事例は、技術を深層にもつ企業ではないが、技術をコアコンピタンスに据える企業にとっても、とても参考になると着目したベンチャー企業である。うまくビジネスの3層構造を作り上げ、それを連携させていることに気が付かれると思う。
ひとつは、家事代行サービスを提供する 株式会社ベアーズ である。同社を創業した高橋夫妻は、元々は夫婦共働きのサラリーマンであった。ところがあるとき、妻の方が香港企業にヘッドハントされる。本人はこの話に乗るべきか決めかねていたらしいが、夫が独断で仕事を辞め、妻についていくことを決めた。こうした経緯で香港に居を移された夫妻が出会ったのが、香港では一般的なメイドサービスである。香港に行かれた方はご存知だと思うが、「出稼ぎ国家」とも呼ばれるフィリピンの女性が、数多く香港でメイドとして働いているのである。
その後、夫妻は日本に戻る。子育て中の夫妻は、日本でもメイドサービスを利用すれば今まで同様に共働きを続けられると考えた。しかし日本では、香港では簡単に見つけることができるメイドサービスが、なかなか見つからなかった。もちろん日本にも、家政婦というサービスがある。それを束ねる協会もあり、このほかハウスクリーニングサービスを提供する会社も存在する。しかし、これらは夫妻を満足させるものではなかった。
例えば家政婦の場合、協会は家政婦を斡旋してくれるだけで契約は家政婦と顧客との直接契約となる。つまり、「サービスの質が求めるものと違っているかもしれない」といったリスクは、雇う側が負うことになる。この点は香港のメイドサービスでもほぼ変わらない。ただ、出稼ぎの外国人が主体の香港型とは違い、日本の家政婦の場合は同じ日本人。「合う、合わない」という人間的な問題があり、さらには「不満があってもなかなか言い出せない」という問題もある。
ハウスクリーニングサービスなどの場合は、個人ではなく会社に仕事を依頼するので、クレームなども言いやすい。しか、当時は、水周りの清掃サービスなど、担当している範囲が限られており、メイドのように家事一般を何でもこなしてもらうことは期待できなかった。
自分たちが望むサービスがないという事態を受け、またもやご主人は、さっさと会社を辞めてしまう。家事サービスを学ぶために修行を始め、自身が欲しかった家事代行サービスやハウスクリーニングを提供する会社ベアーズを立ち上げてしまったのだ。今度はこれを手伝うかたちで妻がベアーズに移る。子育てと仕事をこなしている女性ならではの視線が、会社の成長を支えているのである。
ベアーズの場合、「自分が欲しいものが海外にはあり、日本にはない」という状況を、自身が身をもって思い知ったことが起業の動機になっている。自分は現に困っている。同じ境遇に置かれている人はかなりいる。そうであれば、困っている人もかなり居るはずだ。こうした消費者の目線で、ニーズを発見した。これを解決するメイドサービスが、基本コンセプトになる。
ただ、ニーズを発見できれば必ず成功するわけではない。同社の場合、表層には「香港型サービス」とは一味違う、日本の実情にマッチしたビジネスモデルがあり、それを実現、修正していくための仕組みが、中継層として存在している。
ビジネスモデルに関しては、香港型のサービスや従来の家政婦サービスとは異なる、「会社が責任をもって家事サービス全般を請け負う」という構造にした。中間層には、採用や教育の制度、顧客目線で市場のニーズを迅速に取り入れメニュー化する仕組みなどがある。こんな例がある。担当者が契約先で作業をしているときに、ベアーズとは別の業者に飼い犬散歩を依頼している光景を見かけた。聞くと「ベアーズは犬の散歩には対応していないと思ったので、別の会社を探した」という。結構高額なサービスだったことに驚いたこの担当者はすぐさま報告し、上層部は即座にペットの散歩サービスをメニューに加えるべく専門知識を持つスタッフの募集をかけた。
同じような事態を想定し、同社では社内で教育を受けた一定の人数を登録者として常にプールする制度を設けている。人的資源の配置を迅速にすることで、早期の新メニュー立ち上げを可能にしているのである。
もう一つの事例として、阪神間で英語の幼児教育を提供しているYSEというプリスクールを取り上げたい。YSEを立ち上げたのは、自らバイリンガルとして育ち、英語教育の業界でも経験を積んだ女性である。彼女は、自分の子供を、国際的に受け入れられる価値観やしつけを身に付けたバイリンガルに育てたいと考えた。ところが、日本国内でそれを実現すべくスクールなどを探してみたが、自分の求めるサービスは国内には存在しないという現実に行き当たったのだ。
もちろん英語教育を提供するスクールは数多く存在する。しかし、英語教育に携わってきた彼女を満足させる少人数制の決め細やかな教育を提供するスクールはなかった。不幸なことに、英語に親しんだことのない親たちは、既存のスクールのサービスがどのようなものかを判断する目さえ持ち合わせていないようだった。
ないなら自分で始めるしなかいと、自ら米国の学校で教員研修を受けた。こうして、生徒一人ひとりに合わせたカリキュラムを組むことを特徴とした英語教育のプリスクールを自宅で立ち上げるのである。現在は、自宅から広い庭付きの外国人向け住宅に場所を移しているが、このスクールはまだ創業期である。今はあえてホームページも作らない戦略を取り、口コミのみで着実に生徒数を増やしている。
YSEの場合、深層には「単に英語をマスターすることを目的にするのではなく、価値観やしつけまでも身に付けられる」、「学校のようなマス教育ではなく、少人数、独自カリキュラムの個別教育」という、これまでの英会話学校にはなかったコンセプトがあり、表層には、ターゲットを経済的に余裕のある知識層に絞り込むビジネスモデルがある。邸宅を教室にする、宣伝はせず口コミを重視するという形態は、その一環といえるだろう。それを実現するためには、目の肥えた知識層や富裕層の父兄に十分納得し信頼してもらえる仕組みが必要だ。それを実現するのが中継層で、創業者が持つ英語教育に関する知識と経験や、優秀なスタッフを常に確保できる人的ネットワーク、米国で最新情報が収集できる仕組みなどがそれに当たるだろう。
今回取り上げた二つの起業は、起業者が消費者として「困った」と感じたことを出発点として、これを解決してくれるサービスを探したが見つからず、結局は問題を解決するサービスを自ら立ち上げてしまったという事例である。「これまでになかった」ということが競争力の原泉となり、支持を集め事業は急成長している。
案外見落とされがちだが、これはアイデアを見つける方法として有効な手段だと思う。自社の持つコアコンピタンスにとらわれすぎると、なかなか表層のビジネスモデルに繋げていくことができない。自らが突き当たった問題点を追求していくことで新たなビジネスモデルを発見し、それを展開して大きなコンセプトを構築していく。このコンセプトを基に具体的な事業を設計し、さらに消費者の目線でそれを検証する・・・。
いずれにせよ、最初の一歩が重要なのだと思う。あなたが見過ごしてきた「困ったこと」はないだろうか。ひょっとすると、それが新事業開発に繋がっていくかもしれない。大事なことは、そこにある問題に気付く力なのだ。この力が何らかの要因でスポイルされていないか、ちょっと振り返って考えてみることも無駄ではないだろう。
●筆者紹介
生島大嗣(いくしま かずし) アイキットソリューションズ代表
大手電機メーカーで映像機器などの研究開発、情報システムに関する企画や開発に取り組み、様々な経験を積んだ後、独立。既存企業、ベンチャーのビジネスモデルと技術の評価、技術戦略と経営に関するコンサルティング、講演などに携わる。現在は、イノベーション戦略プロデューサーとして活動している。生島ブログ「日々雑感」も連載中。執筆しているコラムのバックナンバーはこちら。
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アイキット ソリューションズ
生島大嗣
記事本体は、日経Tech-On! に掲載されています。
また、日経BP 技術経営メールでも配信される予定です。
今回の記事は、新事業開発の一形態について述べています。
プロダクトアウト型ではなく、どちらかというとマーケットイン型に近いモデル。
持論のビジネスモデルの3層構造論、論文の組み立て方、事例に取り上げたビジネスモデルについて編集担当と一ヶ月に及ぶ議論を繰り返してやっと完成したものです。
こんなに手間のかかった記事は初めてです。
それだけに思い入れもあります。
議論の過程で、編集担当者と意見の違いが少しありました。
みなさんの意見を頂ければと思っています。
<1.深層の定義>
生島の考え方では、技術力、特許、各種ノウハウ、、ヒューマンリソース、ブランド、ソフト的な伝統や文化への造詣、理念等 が深層に存在すると考えています。
(本文では理念等を削除しています)
<2.コンセプト>
本文では深層にコンセプトを入れています。
基礎的なところは深層に入ると思いますが、
アイデア発想 → コンセプトメーキング → 戦略構築
という流れの仕組みそのものは中継層に入ると考えています。
ご意見がありましたら、このブログのコメント欄に書き込んで下さい。
以下、記事を再掲します。
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「困った」は新事業開発の母である
うまく回るビジネスは、「深層にビジネスを底支えする要素、表層にはお金が回る時代に合ったビジネスモデルがあり、かつそれら2層を繋ぐための中継層としての戦略や仕組みが備わっている」。これを3層構造と呼び、この構造を備えていることが「よい企業」「よい事業」の条件でがあるというのが、私の持論である。
3層のそれぞれの構成要素はビジネスの内容によって様々だが、深層には基盤技術や基本コンセプトなどがあり、表層にはビジネスモデル、中継層には表層と深層を繋ぐための戦略と仕組み(人事・評価システム、採用・教育制度、情報収集・分析機能などを含む)がある。中継層は、表層のビジネスモデルを時代に合わせて修正したり新に生み出したりする役割も担っている。多くの場合これらの連携がうまく回って表層のビジネスモデルを支えているのである。
深層部分についていえば、技術を立脚点とする企業はコアコンピタンスとしての独自技術をこの層に持つ場合が多いだろう。ただし、いくら技術が優れていてもビジネス自体がうまく回るとは限らない。そして、深層には必ずしも独自技術がある必要はないのである。例えば、革新的なコンセプトが深層にあり、これが中継層を介して時代にマッチした具体的なビジネスモデルとして具体化されることで、事業が成功する例は多くある。iPodなどは典型例だと思う。
これを3層構造の要素に分解すれば、深層にはネットを使った音楽配信というコンセプトがあり、表層には iTunesとiPodを連携させることでコンテンツ配信を実現するというビジネスモデルがある。中継層では、iTunes やiPodの普及率やネット環境の変化などに応じて料金や使用する技術を精査しながらビジネスモデルを変化させていく仕組みが機能している。このように、表層のビジネスモデルは、中継層によって時代に合わせたビジネスモデルに常に修正される必要がある。野村進氏の著作『千年働いてきました』には、深層部を持ち、これを基に表層部分を時代に合わせたビジネスモデルに常に修正し維持してきた日本の老舗企業が多く紹介されている。ぜひ一読をお勧めしたい。
この3層構造を引き合いに出すことで言いたいのは、「よいものは売れる」という考え方だけではビジネスは成り立たない、ということだ。ビジネスのコアコンピタンスの一つになり得る深層部分の「技術」は、競争力を保つための一手段ではあるが、技術そのものがよければ必ず製品が売れる訳ではない。顧客は技術を買うのではなく、技術によって実現される機能やサービスなどに価値を感じて始めて購入を検討するのだから。それをしばしば見落としてしまう。「技術には自信がある」というプロダクトアウト型の企業が、よく陥ってしまう罠である。
だからこそ、新たなビジネスを開発する際は、自社の深層部分と表層であるビジネスモデルを巧みに擂り合わせていく作業が重要になる。コアコンピタンスを顧客が必要とするかたちにまとめていくのである。例えば、まず競争力のある技術や強固なコンセプトを基に製品やサービスを具体化したとすれば、それを前提に利益や競争力が確保できるビジネスモデルを立案する。それだけで満足してはいけない。事業プランを構築したら、それを顧客の目線で再度検証する。こうしたプロセスが必要になるだろう。
今回取り上げる二つの事例は、技術を深層にもつ企業ではないが、技術をコアコンピタンスに据える企業にとっても、とても参考になると着目したベンチャー企業である。うまくビジネスの3層構造を作り上げ、それを連携させていることに気が付かれると思う。
ひとつは、家事代行サービスを提供する 株式会社ベアーズ である。同社を創業した高橋夫妻は、元々は夫婦共働きのサラリーマンであった。ところがあるとき、妻の方が香港企業にヘッドハントされる。本人はこの話に乗るべきか決めかねていたらしいが、夫が独断で仕事を辞め、妻についていくことを決めた。こうした経緯で香港に居を移された夫妻が出会ったのが、香港では一般的なメイドサービスである。香港に行かれた方はご存知だと思うが、「出稼ぎ国家」とも呼ばれるフィリピンの女性が、数多く香港でメイドとして働いているのである。
その後、夫妻は日本に戻る。子育て中の夫妻は、日本でもメイドサービスを利用すれば今まで同様に共働きを続けられると考えた。しかし日本では、香港では簡単に見つけることができるメイドサービスが、なかなか見つからなかった。もちろん日本にも、家政婦というサービスがある。それを束ねる協会もあり、このほかハウスクリーニングサービスを提供する会社も存在する。しかし、これらは夫妻を満足させるものではなかった。
例えば家政婦の場合、協会は家政婦を斡旋してくれるだけで契約は家政婦と顧客との直接契約となる。つまり、「サービスの質が求めるものと違っているかもしれない」といったリスクは、雇う側が負うことになる。この点は香港のメイドサービスでもほぼ変わらない。ただ、出稼ぎの外国人が主体の香港型とは違い、日本の家政婦の場合は同じ日本人。「合う、合わない」という人間的な問題があり、さらには「不満があってもなかなか言い出せない」という問題もある。
ハウスクリーニングサービスなどの場合は、個人ではなく会社に仕事を依頼するので、クレームなども言いやすい。しか、当時は、水周りの清掃サービスなど、担当している範囲が限られており、メイドのように家事一般を何でもこなしてもらうことは期待できなかった。
自分たちが望むサービスがないという事態を受け、またもやご主人は、さっさと会社を辞めてしまう。家事サービスを学ぶために修行を始め、自身が欲しかった家事代行サービスやハウスクリーニングを提供する会社ベアーズを立ち上げてしまったのだ。今度はこれを手伝うかたちで妻がベアーズに移る。子育てと仕事をこなしている女性ならではの視線が、会社の成長を支えているのである。
ベアーズの場合、「自分が欲しいものが海外にはあり、日本にはない」という状況を、自身が身をもって思い知ったことが起業の動機になっている。自分は現に困っている。同じ境遇に置かれている人はかなりいる。そうであれば、困っている人もかなり居るはずだ。こうした消費者の目線で、ニーズを発見した。これを解決するメイドサービスが、基本コンセプトになる。
ただ、ニーズを発見できれば必ず成功するわけではない。同社の場合、表層には「香港型サービス」とは一味違う、日本の実情にマッチしたビジネスモデルがあり、それを実現、修正していくための仕組みが、中継層として存在している。
ビジネスモデルに関しては、香港型のサービスや従来の家政婦サービスとは異なる、「会社が責任をもって家事サービス全般を請け負う」という構造にした。中間層には、採用や教育の制度、顧客目線で市場のニーズを迅速に取り入れメニュー化する仕組みなどがある。こんな例がある。担当者が契約先で作業をしているときに、ベアーズとは別の業者に飼い犬散歩を依頼している光景を見かけた。聞くと「ベアーズは犬の散歩には対応していないと思ったので、別の会社を探した」という。結構高額なサービスだったことに驚いたこの担当者はすぐさま報告し、上層部は即座にペットの散歩サービスをメニューに加えるべく専門知識を持つスタッフの募集をかけた。
同じような事態を想定し、同社では社内で教育を受けた一定の人数を登録者として常にプールする制度を設けている。人的資源の配置を迅速にすることで、早期の新メニュー立ち上げを可能にしているのである。
もう一つの事例として、阪神間で英語の幼児教育を提供しているYSEというプリスクールを取り上げたい。YSEを立ち上げたのは、自らバイリンガルとして育ち、英語教育の業界でも経験を積んだ女性である。彼女は、自分の子供を、国際的に受け入れられる価値観やしつけを身に付けたバイリンガルに育てたいと考えた。ところが、日本国内でそれを実現すべくスクールなどを探してみたが、自分の求めるサービスは国内には存在しないという現実に行き当たったのだ。
もちろん英語教育を提供するスクールは数多く存在する。しかし、英語教育に携わってきた彼女を満足させる少人数制の決め細やかな教育を提供するスクールはなかった。不幸なことに、英語に親しんだことのない親たちは、既存のスクールのサービスがどのようなものかを判断する目さえ持ち合わせていないようだった。
ないなら自分で始めるしなかいと、自ら米国の学校で教員研修を受けた。こうして、生徒一人ひとりに合わせたカリキュラムを組むことを特徴とした英語教育のプリスクールを自宅で立ち上げるのである。現在は、自宅から広い庭付きの外国人向け住宅に場所を移しているが、このスクールはまだ創業期である。今はあえてホームページも作らない戦略を取り、口コミのみで着実に生徒数を増やしている。
YSEの場合、深層には「単に英語をマスターすることを目的にするのではなく、価値観やしつけまでも身に付けられる」、「学校のようなマス教育ではなく、少人数、独自カリキュラムの個別教育」という、これまでの英会話学校にはなかったコンセプトがあり、表層には、ターゲットを経済的に余裕のある知識層に絞り込むビジネスモデルがある。邸宅を教室にする、宣伝はせず口コミを重視するという形態は、その一環といえるだろう。それを実現するためには、目の肥えた知識層や富裕層の父兄に十分納得し信頼してもらえる仕組みが必要だ。それを実現するのが中継層で、創業者が持つ英語教育に関する知識と経験や、優秀なスタッフを常に確保できる人的ネットワーク、米国で最新情報が収集できる仕組みなどがそれに当たるだろう。
今回取り上げた二つの起業は、起業者が消費者として「困った」と感じたことを出発点として、これを解決してくれるサービスを探したが見つからず、結局は問題を解決するサービスを自ら立ち上げてしまったという事例である。「これまでになかった」ということが競争力の原泉となり、支持を集め事業は急成長している。
案外見落とされがちだが、これはアイデアを見つける方法として有効な手段だと思う。自社の持つコアコンピタンスにとらわれすぎると、なかなか表層のビジネスモデルに繋げていくことができない。自らが突き当たった問題点を追求していくことで新たなビジネスモデルを発見し、それを展開して大きなコンセプトを構築していく。このコンセプトを基に具体的な事業を設計し、さらに消費者の目線でそれを検証する・・・。
いずれにせよ、最初の一歩が重要なのだと思う。あなたが見過ごしてきた「困ったこと」はないだろうか。ひょっとすると、それが新事業開発に繋がっていくかもしれない。大事なことは、そこにある問題に気付く力なのだ。この力が何らかの要因でスポイルされていないか、ちょっと振り返って考えてみることも無駄ではないだろう。
●筆者紹介
生島大嗣(いくしま かずし) アイキットソリューションズ代表
大手電機メーカーで映像機器などの研究開発、情報システムに関する企画や開発に取り組み、様々な経験を積んだ後、独立。既存企業、ベンチャーのビジネスモデルと技術の評価、技術戦略と経営に関するコンサルティング、講演などに携わる。現在は、イノベーション戦略プロデューサーとして活動している。生島ブログ「日々雑感」も連載中。執筆しているコラムのバックナンバーはこちら。
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ヲバタ@京都 wrote:
「深層にビジネスを底支えする要素、表層にはお金が回る時代に合ったビジネスモデルがあり、かつそれら2層を繋ぐための中継層としての戦略や仕組みが備わっている」
この表層と、深層を繋ぐ中層の全てに於いて、理念が共有され、実践されなければならないと思います。
もちろん、経営理念というのは、内外にとって公明正大なものでなければなりません。その公明正大な「考え」に基づいて深層から表層まで「同軸」のうえに乗らないといけないと思います。
「食の安全」など当たり前の食品を取り扱う会社の経営者から、製造現場の人間まで、してはいけないことなど、言われなくても分かっているはずです。でもその分かっていなければならない「公明正大」な経営理念が「共有されていない」「実践されていない」現場からは、消費者にとって望まないものが排出されてきます
「顧客は技術を買うのではなく、技術によって実現される機能やサービスなどに価値を感じて始めて購入を検討するのだから。それをしばしば見落としてしまう。「技術には自信がある」というプロダクトアウト型の企業が、よく陥ってしまう罠である。」
自社の技術を事業のゴールと見るのか、その技術をスタートとして、生活者の「現場」で機能する物を創造していくのかで、同じような仕事をしていても、消費者が受ける「感じ」はかなり違ってくると思います。
当社は「ブライダル」という、市場も縮小し、消費者の要望も多様化していく中で、技術的には何処の写真館とも何ら変わらない物しか持ち合わせていませんが、そこに働く全ての人が、自分たちの仕事が、「挙式当日」から始まる人生に対して「掛け替えのない物」に5年10年20年を掛けて付加価値が増していくと言うことを、理念として共有し実践し、結果を出すことで、他の写真館と何ら変わらない技術しか持ち合わせて無くても、縮小する市場の中で、受注率を上げ、件単価を上げ、顧客満足度を上げられるのは、「公明正大な理念を確立し、共有し、実践し続ける」ことが要因であると、日々の仕事を通じて確信しています。
理念無くしては、最終的には「お金儲けのためなら何をしても構わない」という悲惨な結果を招く事になるような気がします。
大企業は大資本を使って、如何様にも出来るかも知れません。また個人事業者は自分さえ良ければ良いので、何とでもなるかもしれません。
こういう事(3層構造)は、中小零細の従業員さんを抱えないと事業が成り立たない規模の会社が、一番考えないといけないのかもしれませんね。
また、殆どの中小零細の企業が、「新しいビジネス」を見つけられていないと思います。でも新しくなくても、仕事の本質を見極めて、そこから生活者の「現場」で機能するようにチューニングをすれば、まだまだ勝負出来る仕事を見いだすことは可能だと思います。当社がそうであるとおもいます。「新しい物」としては取り上げられるような技術は無いと思いますが、買い手・売り手・そして回りの人たちがハッピーになる仕事に「改革」することに、日々邁進しております。
生島大嗣 wrote:
ヲバタさん
長文のコメント頂き、ありがとうございます。
仰るように、深層から表層までを貫く理念の共有はビジネスを行う上で大切だと思います。
公明正大な組織の運用、戦略とビジネスモデルは、その上に存在するのでしょうね。
ヲバタさんの仰る「消費者が受ける感じ」は、現場で従業員と接することで表面化するのだと思います。消費者はかなり敏感にこういうことを感じるのでしょう。
それだけでなく、企業のあり方や方針にも消費者は敏感に反応するのだと思います。
だからこそ、理念やビジネスに対する思想が反映される事業/製品・サービス のコンセプト作りも慎重に行っていかないと消費者にそっぽを向かれるのだと考えています。
理念を拠り所とし、顧客の賛同を得ておられるビジネスの方向性は大変参考になりました。
「仕事の本質を見極めて、そこから生活者の「現場」で機能するようにチューニングをする」というのは大切ですが、なかなか実践できないことだと思います。
企業の傲慢はこういうところから生まれるのかなと感じています。
貴重なご意見ありがとうございました。
ヲバタ@京都 wrote:
#「仕事の本質を見極めて、そこから生活者の「現場」で機能するようにチューニングをする」というのは大切ですが、なかなか実践できないことだと思います。
ヲバタです?。
このところですが、同じ中小零細の経営者の方に是非実行してみて欲しいのは、まず「なかなか実践出来ないこと」と思わないこと。です。
そう思っていると、皆さんの能力や発想力の何割かが発揮されなくなりますから・・・・ね。
例えば、とある通販会社の梱包資財。
商品をお客様に届ける梱包材料の機能は、「お客様に商品を届ける」ことです。それがゴールとなります。
しかし、お客様の生活の「現場」から何かがスタートする。お客様の生活の場で「機能」するという風に発想する「位置」、を「場所」「時間軸」ともシフトしてしまうのですね。
供給側から見た、商品を届けることが「ゴール」だと、お客様の生活の現場では、その後は梱包資財はゴミになります。そこで、トップの指示は「みんな、お金儲けと言って、会社の経費を使って、地球の資源を使って、ゴミを作って良いのか!」ということになります。
困った!かな・笑
そして、皆で考え始めます。「ゴミにならないようにするにはどうすればよいか」(ここで、理念が全従業員さんに共有されていなければなりませんね、そして実践出来るチームにしていくことがトップの仕事だと思います)
まず、「クチャクチャと開けるので、ゴミがでやすい」ならば、綺麗に開けたくなるような、デザイン。または実際に綺麗に開けられるような作りに変更する。
次に再利用したくなるような、しつらえにする。
これは具体的には、ベッドの下に入れられるようなサイズを考えたみたいですね。
そうなると、リピーターの人は箱が増えれば、ゴミにせざるを得ない。
ので、余った箱が部屋で機能するように、ラックを商品化して「売った」ところ。
「売れた」と言うことです。
私は、この話と実践を目の当たりにしたと同時に、自社での物事の考え方や、発想が180度変わったことを体験しました。今でも心の奥底に刺さっています。難しい経営理論や、マーケティングの事は分かりませんが、こういう実体験に触れられることは本当に幸いなことと、いつも感謝しています。
だから、いつでも「なんとかなる」と思い続けて生きています。
生島大嗣 wrote:
現場での実践をされているヲバタさんの立場では、
> まず「なかなか実践出来ないこと」と思わないこと
> そう思っていると、皆さんの能力や発想力の何割かが発揮されなくなりますから・・・・ね。
というのはその通りだと思います。
これを日頃実行しているヲバタさんは凄いですよ。
ただ、コンサルを行っている私の立場、経験からすればやはり実践して頂くのは並大抵のことではありません。
そしてその原因を探り、できれば取り除く、軽減することが求められるのです。
人間というのは、過去の成功体験に基づいて行動しています。
日経BPの私のコラム「ソニーと任天堂を隔てるもの」は読まれましたか?
このブログにも再掲していますので是非お読み下さい。
ここでもう一度一部を再掲します。
人の行動は、全て脳という情報処理システムのアウトプットに支配されている。行動の差はこの脳というシステムが生み出すのである。脳に関する研究で著名な池谷裕二氏の主張によれば、人の脳には、確実なリターンが望める安全な選択をする際に活動する部位(眼窩前頭皮質)と、あえて今までと違う冒険的な選択を行う際に活動する部位(前頭極皮質)があり、両者の活動によって常に矛盾する行動を促しているのだという。そして、人がこのどちらに従うかという判断には、脳の特性と過去の成功体験が影響しているらしい。傾向として、経験を積むにつれ冒険を求める思考より安全を求める思考の影響力が増し、脳の特性が変化していく傾向があるというのだ。人は年を重ねるにつれ、新しい店ではなく行きつけの店ばかりを利用し、身近な人とだけ会話をするというのはこのためだ。こうして冒険を避けているうちに自分の目に触れる世界は限定されていき、気付かぬ間に浦島太郎のようになってしまうのである。
この発想力の欠如を修正するのは生易しいことではありません。
だからヲバタさんは、社員やアルバイトを採用する場合にも最大限と注意を払い、まず理念で共感できるかどうかを判断しておられるのだと思います。
そこで後々起こる不一致を取り除いてしまっている。
コストやリスクをヘッジしているのです。
そうではない企業ではホント大変なのですよ。
それと、面白い例を挙げておられますね。
ビジネスモデルに組み込んでしまっている。
参考になります。
確かにこの会社もある意味理念系ですね。
そしてうまくビジネスの論理と擦り合せています。
有名な「パタゴニア」なんかもヲバタさんとところと同じく理念系ですね。
ビジネスとの擦りあわせもうまい。
ここでもヲバタさんのところと同じく社員の採用、教育、全てに一貫した思想があると思います。
しかしながら、もし普通の採用を行って集めた社員に急にパタゴニアの理念を語ってもうまくいきません。
パタゴニアのうまいのは、ある意味パーミションマーケティングを取り入れて、顧客とひとつの理念を共有できるようなビジネスを構築しているところですね。
これらの一連の仕組みを用意するのが、私の新事業構築法である
アイデア発想→コンセプトメーキング→戦略構築の流れなのです。
そして、そのコンセプトを支える深層の要素のひとつに理念を置いてビジネスを組み立てるのもひとつの素晴らしい方法だと思っています。
コメントありがとうございました。
ヲバタ@京都 wrote:
いえいえ、まだまだ実践結果が伴いませんから、お恥ずかしいことです。
事業の目的ですね。大変なお仕事だと思います。これからも、数々の経営者と従業員その家族のために頑張って下さい。期待しております?!
生島大嗣 wrote:
いえいえ、ヲバタさんの実践されていること、素晴らしいと本当に思っています。
はい、頑張っていきます。
お互い理念の実現のために精進しましょう!
コメントありがとうございました。